避け所を求めたダビデ

Ⅰサムエル21章、詩篇34篇

24.2.18.

21章から、ダビデの逃亡生活が始まります。ダビデは、どのようにして自分の身を守ろうとしたのでしょうか。そして、その結果、ダビデは何を学んだのでしょうか。

1.偽りを避け所としたダビデ

① ノブのアヒメレクのもとに

アヒメレクは、サウル王のしもべとして仕えていたダビデが、従者を伴わずに、突然一人でやって来たことに驚きました(1)。ダビデは、アヒメレクに本当のことを言わず、サウル王から秘密の任務が与えられており、従者たちとは後で決められた場所で会うことになっている、と嘘を言ったのです(2)。ダビデがアヒメレクに食べ物を求めると、彼は「聖別されたパン」(4)を与えました(3-6)。また、ダビデは、アヒメレクに槍や剣などの武器も求めました。その際も、ダビデは「王の命令があまり急だったので」(8)と再び嘘を言いました。ダビデは、アヒメレクから「ゴリヤテの剣」(9)を受け取ると、そこを去って行きました。

② ガテのアキシュのもとに

ダビデは、イスラエル内では、サウルから逃れられないと考え、敢えてイスラエルの敵であるペリシテ人の地ガテの王アキシュのもとに逃れました(10)。どんなにサウル王がダビデを追いかけても、敵地まではやって来ないと考えたのでしょう。しかし、ペリシテ人たちはダビデに気付いて、アキシュにダビデのことを告げました(11)。ダビデは、アキシュに捕らえられ、殺されてしまうかもしれないと非常に恐れました(12)。「それでダビデは彼らの前で気が違ったかのようにふるまい」(13)ました。この行動も、自分を守るための嘘でした。

こうして、ダビデはサウルを恐れ、自分を守るために、嘘を隠れ場としたのです。私たちも、自分を守るために、嘘を隠れ場としてしまうことはないでしょうか。しかし、嘘はいつか必ず明らかになり、その報いを受けることになります。Cf.ガラ6:7

2.神を避け所としたダビデ

ダビデは、アキシュの前で狂ったふりをしたとを思い起こして、詩34篇を書きました。表題にある「アビメレク」とは称号で「ガテの王アキシュ」のことです。ダビデは、この経験によって、神を信頼することを改めて学んだのです。

① あらゆる時に主をほめたたえる (1-3)

人生には、恐れや不安を感じさせられるような時もあります。しかし、どのような時でも、神を信頼するのです。神への信頼は、神を賛美し、ほめたたえることによって現されます。自分には理解出来ないことでも、神を信じて、神をほめたたえるのです。Cf.ヨブ1:21

② 主を求める者に主は答えて助けて下さる (4-8)

神を求める時、神は私たちに答えて下さいます。そして、神は、必ず助けや守りを与えて下さいます。「この悩む者が呼ばわったとき、主は聞かれた。こうして、主はすべての苦しみから彼を救われた。」(6) そして、ダビデは「幸いなことよ。彼に身を避ける者は」と告白しています。(8)

③ 主を恐れよ (9-11)

21章では、ダビデは、人を恐れ、自分の知恵や力に頼ってしまいました。その結果、偽りを隠れ場にし、気が狂ったふりもしなくてはなりませんでした。Cf.箴29:25。神を恐れるとは、神の主権を認め、神に従うこと、神に信頼することです。「…主を尋ね求める者は、良いものに何一欠けることはない。」(10)

④ 悪を離れ、善を行え (12-22)

真面目に、一生懸命努力しているにも関わらず、その労苦が報いられない時、真面目に努力することが馬鹿馬鹿しく感じられることがあるかもしれません。そして、正しく生きること、良い事に励むことを止めてしまいたくなるかもしれません。しかし、神は、私たちの労苦に目を留め、叫びを聞き、悩みから救って下さいます。(19)  

 

ダビデは、偽りを自分の避け所としようとしましたが、そこに身を隠すことは出来ませんでした。嘘によって自分を守れませんでした。この経験から、ダビデは、改めて神を避け所とすることを学んだのです。

詩56篇も、この時の出来事に基づいて書かれた詩篇です。表題は「ペリシテ人が、ガテでダビデを捕らえたときに」です。その中で、ダビデは、神への信頼を告白しています。恐れのある日に、私は、あなたに信頼します。神にあって、私はみことばを、ほめたたえます。私は神に信頼し、何も恐れません。肉なる者が、私に何をなしえましょう。(3-4) 私は、神に信頼しています。それゆえ、恐れません。人が、私に何をなしえましょう。(11)

私たちは、何に頼っているのでしょうか。神でないものに頼ってはいないでしょうか。神にではなく、見えるものに頼ろうとする時、さらに必要を感じて不安になります。限りがあるからです。しかし、神は目には見えませんが、頼れるお方です。神こそ、私たちの真の避け所です。神は、私たちを助け、守り、導いて下さいます。Cf.詩91篇。どのような時にも、真の避け所である神に信頼しましょう。

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